基礎知識

ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」

現在ペットとして飼育が可能な特定動物のワニ類。ネット上には愛らしい子ワニの動画が日々掲載されており、徐々に飼育人口も増加しています。できるなら飼育してみたいと思う方もいるでしょう。

今回は、ワニの生態と、日本でワニを健康に飼育することは可能なのか?といった疑問について考えていきます。

本記事を作成するにあたり、オーストラリア国立大学とノーザンテリトリー準州政府でクロコダイルの保護・研究をされているワニ研究者の福田雄介氏に取材協力をいただきました。

記事中の各質問には、「クロコダイル種のワニについて」という前提でお答えいただいております。

個人でワニを飼育するには、どういった問題があるのでしょうか?さっそく見ていきましょう。

 

ワニの飼育エリア・運動能力について

lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
大人サイズのワニの運動能力はどの程度でしょうか。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
一般的なクロコダイル種だと、陸上では時速15キロ前後で走れます。また水中では、主に尻尾の力を使い時速25キロ程度の速さで泳げます。

あごの力は動物で一番強く、全長5メートルを超えるイリエワニだと、噛み付いたときに数トンという力が獲物にかかります。

手足も短く見えますが、体重100キロを越える3メートルのワニが難なく金網をよじ登ってフェンスを超えてしまうくらい力が強いです。

lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
では、そんな力の強いワニを健康に育てるために、最低限どの程度の広さのケージが必要なのでしょうか。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
ワニは頑健な動物なので、身動きがほとんど取れない場所でも、温度と栄養の管理が適切であれば生きていけます。

ただ、野生本来の生態では一日に数十キロの距離を泳ぐなど、かなり活動的な面もある動物です。狭いところで飼育するのは動物福祉的にも問題があると思います。

野生のワニが多いオーストラリアのノーザンテリトリー準州には、野生生物管理局による、ペットとしてのワニの飼育ガイドラインがあります。
それによると、ワニの飼育スペースは、最低でもワニの全長の3倍以上の長さと、2倍以上の幅が必要としています。全長2メートルのワニならば、最低6mx4mのいけすや水槽が必要ということです。

さらに、イリエワニやナイルワニは熱帯の動物です。健康に成長するためには、日本の夏にしか差さないような強い日光が、年間を通してほぼ毎日必要になります。

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いちはら
中型のシャムワニでも2mくらいにはなるので、クロコダイルに手を出すとなるとかなりの広さを確保しないといけませんね。

では、大型のイリエワニやナイルワニを健康に飼育したい場合、施設の規模はどの程度になるのでしょう?

crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
ワニ類のオスはメスより大型化するのが一般的です。大型種の場合は、数十年後には5メートルを超える可能性もあるので、個人で飼育するのはほぼ不可能だと思います。

さらに日本で飼う場合は、年間を通して水温・気温ともに30度前後に保つ必要があるので、巨大な温室のような施設が必要です。

設備の乏しいワニ園や動物園では、水温だけ温かく保ち、気温は一年を通して外気に任せている所もあります。しかし、日本の冬は寒すぎるので、ワニの体に負担がかかっていると考えられます。

また、先ほど言ったとおり、日本では日光が圧倒的に足りないので、紫外線ライトなどの装置も必要になります。上記のガイドラインだと、これらの設備をそろえた施設で全長5メートルのワニを飼うには最低でも15mx10mの広さが必要です。

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いちはら
大富豪しか用意できなさそうですね…。

では、比較的ハードルの低い中型種を飼育したい場合です。一部屋をワニ部屋にするとして、ガイドラインに適合した水槽が用意できないときは、水に入れずに一生生活させることは可能なのでしょうか?

crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
不可能だと思います。ワニ類の中には、冬は水から上がって土中に穴を掘り、その中で冬眠する種もいます。

しかし、水にいれずに一生生活させることはできません。本来の生態からかけ離れた飼育をするのは、動物倫理の観点からも問題があると思います。

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いちはら
ネットでは「ワニは空間認識が可能で、狭い空間で育てると大きくならない」などという説もありますが、真実でしょうか。
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福田氏
狭い場所で飼えば、広い場所で飼育した場合より成長速度が落ちたり最終的な全長がある程度小さくなったりすることはあると思います。ですが、飼育エリアを制限してワニを小さく育てようとするのには賛成できません。

僕は東ティモールで、車一台分の車庫スペースか、それより狭い所で飼われているワニを何度も目撃しています。子ワニの頃から数十年間飼われていたイリエワニで、体長は4メートルを超え、身動きがほとんど取れない有様でした。狭いスペースにワニを押し込めて飼育するのは適切とは言えないでしょう。

 

ワニの飼育に伴う怪我について

lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
飼育者の中には子ワニを素手で触る方もいますが、専門家としてどう思われますか。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
自分はどんな小さなワニでも、触るときは軍手などをするようにしています。

全長数十センチの小さな子供のワニでも、歯は先が針のように鋭くとがっており、強く噛まれるとカッターで切ったようにスパッと皮膚が切れます。

またワニに噛まれると感染症になる可能性もあるので注意が必要です。

lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
子ワニであっても負傷の可能性はあるわけですね。

では全長1mほどの若ワニに餌と間違われ噛まれた場合、どの程度の怪我になりますか?

crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
ワニの種類によりますが、イリエワニやナイルワニだと歯のサイズも大きく、下手をすれば噛まれた手足の指がちぎれるくらいの大ケガにはなると思います。また、小さなワニでも歯が鋭くとがっているので、噛まれるとスパッと深く切れて、運が悪いと数針縫う羽目になります。

 

ワニの餌について

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いちはら
ワニを健康に育てるためには、餌は何をどのくらい与えれば良いのでしょうか。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
健康なイリエワニを例に挙げます。子供の頃は週3~4回、大人になってからは週1~2回、一回の餌の量はワニの体重の5%ほどを与えます。

1メートルのワニだと一回の餌の量は200グラム程度ですが、3メートルを超すと体重も100キロを超えるので一回の餌は5キロ以上になります。

またワニは本来、多種多様の獲物を食べるので、飼育する場合は与える餌にビタミンやカルシウムなどを添加しないと健康を害します。

lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
大型爬虫類用の冷凍豚が一匹1000円〜1500円くらいなので、3メートルのワニだと餌代だけで月に2万から3万円ほどかかる計算になりますね。

 

ワニの寿命について

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いちはら
健康に飼育した場合、ワニの寿命はどの程度でしょうか。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
ワニの寿命は詳しくわかっていませんが、日本で70年以上にわたって飼育されたという記録があります。野生のイリエワニでも70~80歳を超えると見られる個体がいるので、整った飼育下ではさらに長く生きる可能性があります。
lady - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
いちはら
飼い主より長生きする可能性もあるということですね。飼育に当たっては引き取り先を確保しておく必要がありそうです。

 

ワニのしつけについて

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いちはら
ワニは頭が良いと言われますが、人間に危害を加えないよう教育することは可能ですか?
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
ワニ類は一般的に知能が高いと言われる生き物です。しかし、気性の荒いクロコダイル種が、躾や訓練によって人間になつく、危害を加えなくなるといったことは考えにくいです。

東南アジアなどでは、飼いならされたワニの口に、自分の頭を入れる観光客向けのショーが昔からありますが、失敗してケガをする事故が毎年起きています。

たまに飼い主によくなついている巨大ワニの映像などがユーチューブに上がっていますが、これらは例外中の例外として見るべきです。

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いちはら
基本的には慣れない・懐かない生き物だと思って接した方がよさそうですね。

 

ワニを飼っている方、これから飼おうとしている方へ

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いちはら
最後に、飼育者の方や、ワニを飼いたいと思っている方に一言お願いします。
crocodile - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
福田氏
昨今はエキゾチックアニマルと称し、外国産の爬虫類を飼うことが流行っているようですが、動物を本来の生息域外で飼育するのはとても大変なことです。

ワニは本来、広大な川や沼を日常的に移動して、多種多様の獲物を狩って食べている熱帯の大型変温動物です(一部アリゲーターを除く)。そういった生息環境を日本で再現するとなると、たいへんなコストがかかります。

さらに、ワニは少なくとも数十年は生きる長寿な動物です。最後まで飼いきれる自信と覚悟がないかぎり飼うべきではありません。

ここからは、動物福祉に対する個人の主観によりますが、たとえ数十年間、最後まで飼いきれたとしても、狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。これからワニを飼いたいと考えている方はこれらのことを熟考した上で決断を下して欲しいと思います。

 

まとめ 特定動物の飼育禁止へ ワニの今後

ここまでワニの飼育に当たり、超えなければならないハードルをご紹介してきました。ご意見をいただいた福田様には心から感謝申し上げます。

例え中型種であっても、ワニの飼育は非常にコストがかかり、また危険も伴うものです。相応の覚悟と、ワニの生活を保証できる資力がなければ、人間もワニも不幸になってしまいます。

また、2019年6月に、動物愛護法改正案が成立し、特定動物の家庭での飼育が禁止とする条項が追加されました。「許可さえ取れば飼育できる生き物」だったワニは「飼育許可が出ない動物」に変わります。詳細は下記の記事を参考にして下さい。

ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」 - ワニ研究者の福田雄介氏が語る「狭く人工的な水槽の中で過ごしたそのワニの一生は本当に幸せだったと言えるでしょうか。」
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改正案を反映した新制度に移行するにはまだ時間があります。今からワニや特定動物を飼育して、最後まで面倒をみることができるのか、この機会に一度考えてみるのも良いでしょう。

この記事が、ワニ飼育・爬虫類飼育の今後を考えるきっかけとなれば幸いです。

 

福田氏のTwitterアカウント・ブログはこちら
Twitter:@GingaCrocodylus
ブログ:クロコダイル研究者のブログ

ライター:いちはら まきを
Twitter:@IchiharaMakiwo