基礎知識

爬虫類飼育における環境エンリッチメント

「環境エンリッチメント」とは、飼育下の動物たちにより幸福に暮らしてもらうための手法の一つ。動物福祉を実現するために、飼育方法を改善していこう、という考え方です。

飼育下の動物たちは、飼い主に要求を伝えることができません。そのため、我々飼育者は「この子はこの環境で幸せなのだろうか?」と考え続ける必要があります。

今回の記事では環境エンリッチメントの概要と、飼育環境を向上させるための5つの考え方を紹介します。飼育環境改善のためのヒントになれば幸いです。

爬虫類飼育における環境エンリッチメント - 爬虫類飼育における環境エンリッチメント
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環境エンリッチメントとは

環境エンリッチメントとは「飼育動物の幸せや健康を向上させるために、動物の飼育環境を豊かにすること」です。

爬虫類に限らず、動物は本来生きるために餌を探し周り、外部からの様々な刺激を受けて暮らしています。しかし、人間の飼育下ではどうしても生活が単調になりがちです。

それを改善するための考え方が環境エンリッチメントです。

参考:動物たちの豊かな暮らし エンリッチメント概論|特定非営利活動法人市民ZOOネットワーク

生き物のことを思いやる

環境エンリッチメントと聞くと難しく感じますが

「ケージ内に隠れ家を用意する」ということも環境エンリッチメントの一つです。

多くの爬虫類は岩陰や草木の隙間に隠れて生活をしています。隠れ家を用意してあげることが生体のストレス軽減に繋がるため、これも立派な環境エンリッチメントになるのです。

難しく考えず、生き物のことを考えて最善の環境を用意してあげることが大切

なぜ環境エンリッチメントが必要なのか?

飼育下の生体は飢えや外部からの攻撃に晒されることがありません。これは生体の健康や安全という点では良いことです。

しかし、餌を探して活動する必要がなく、身を隠す必要もなくなった生体の生活は退屈で怠惰なものになりがちです。

環境エンリッチメントは、飼育方法を改善して様々な刺激を与え、生き生きとした姿で幸福に暮らしてらうために必要なのです。

爬虫類に対しての環境エンリッチメントは有効か

犬やチンパンジーなどの哺乳類に対して、環境エンリッチメントを実施することの有用性は想像がつきますが、爬虫類への効果はどうなのでしょうか。

「知能の低い爬虫類に対して環境エンリッチメントは効果があるのか」という疑問が残ります。

爬虫類にも記憶能力・学習能力がある

爬虫類は哺乳類のような知能はないと思われがちですが、多くの研究により爬虫類にも記憶能力・学習能力があることが認められています。 ( リクガメにおける放射状迷路学習 – Taniuchi(2011)  / 熱帯に生息するトカゲの行動柔軟性と問題解決 – Leal and  / ワーキングメモリの期限に関する比較心理学的研究 – Taniuchi(2013)  )

shiro - 爬虫類飼育における環境エンリッチメント
シロ
私が飼育しているエボシカメレオンは「格子状のケージの扉を開けると、開いた扉から出てくる」という行動をします。このことから、「カメレオンは扉が開いているか閉まっているかを認識し、扉からケージの外に出られることを理解している」と考えられます。

ヒョウモントカゲモドキに対して一定の効果があると結論づけられた

2016年に行われた研究Bashaw at el.(2016)では、環境エンリッチメントは爬虫類(ヒョウモントカゲモドキ)に対しても一定の効果があると結論を出しています。

この研究では、16匹のオスのヒョウモントカゲモドキを飼育し

  • 温度
  • 給餌
  • 視覚
  • 嗅覚
  • 物体

の5つの項目に対して変化や変更を加え

  • 徘徊行動・体温調節行動・狩猟行動などの行動量が増えたか
  • 異常行動が減ったか

ということを調査しました。

この実験の結論は「視覚(鏡を配置)以外の環境エンリッチメント対策において効果がある」というものでした。

爬虫類はある程度の知能を持つ。退屈な生活を防ぎ、幸せや健康を向上させる環境エンリッチメントを行うことは、ペット飼育者としての重要なタスクです。

環境エンリッチメントの5つのアプローチと例

環境エンリッチメントの方法は大きく五つの手段に分けられます。

採食

餌の内容や、その与え方を工夫することによって刺激を与える方法です。

例えば、以下のような例が考えられます。

  • 餌を生き餌にする
  • ばら撒き給餌を行う
  • 同じ餌が連続しないようにする
  • 餌を隠して匂いを頼りに探させる

社会

動物の社会性を利用して相互に刺激を与える方法です。主に群れで生活している生き物が対象で、複数頭で生活させます。

なお、共食いの可能性がある組み合わせや、縄張り意識が強く本来単独で生活する種の場合は無理をする必要はありません。

認知

頭を使わせることで刺激を与えます。

工夫しないと取れないところに餌を置いたり、複雑なレイアウトで飼育したりする場合が該当します。

感覚

五感に訴え刺激を与えます。シンプルなレイアウトを複雑な地形のテラリウムに変更することや、立体活動の場所を複数作って景色に差を作ることなどが該当します。

空間

動物本来の環境に配慮して飼育環境を作ります。

樹上性の生き物には登るための植物や枝を与える、半水棲の生き物には大きめの池を作る、などが考えられます。

 

環境エンリッチメントを向上させるには?

環境エンリッチメントを行うには、具体的にはどうすれば良いのでしょうか。一つの判断材料になるのが、飼育している種が野生下で暮らしている環境です。野生での環境を可能な範囲で再現することで、飼育環境の向上を測ることができます

飼育者が飼育生体に提供しているのは、飼育環境と餌の二つです。この二つの観点から見て見ましょう。

飼育環境を見直す

生体の飼育環境を見直す上で、まず確認するのがケージとケージ内の環境です。

種によって必要な程度は異なりますが、ケージが極端に狭い場合やケージ内に全く温度差がない場合は見直しが必要な場合があります。ケージを可能な限り広くし、ある程度動き回れるスペースを確保したいです。

立体活動の場を設けるのも有効です。一般に立体活動しないので置物はいらないとされる種でも、入れてみると積極的に使うケースも多いです。

生体の好みもあるので一概に言えませんが、「使わなければ撤去しよう」くらいの気持ちで色々と試してみることをおすすめします。可能であればビバリウムに挑戦してみるのも良いでしょう。

広いケージを使用することで複雑なレイアウトが組みやすくなる

餌の与え方を工夫する

生き餌を追わせる

給餌の際ピンセットを使うことが多いですが、あえてばら撒き給餌で獲物を追わせるのも一つの方法です。また、エサをあえて見えづらい所に置き、においで探させるのも効果が期待できます。

アオジタトカゲに対して行われた研究Phillips at el.(2011)では、ミルワームをばら撒いて給餌した場合・4mmの穴を開けたボールの中にミルワームを入れて給餌した場合・生き餌がない場合で行動の比較を行いました。

その結果、生き餌がばら撒かれて与えられた場合に、食欲・体重の増加増加が見られることがわかりました。さらに、ばら撒いて給餌した場合はより探索行動が増加するという結果になりました。

研究の著者は爬虫類に与えるエサに関して、「なるべく生き餌を与えるべきだ」と提案しています。

目の悪い個体や食欲がない個体の場合は、餌を取りに行かないことも考えられますので、様子を見ながら最適な方法を探してください。

エサを不定期に与える

エサを定刻に行わず不定期に与えると、生体の活動が活発化することがあります。

ヤドクガエルでは、くりぬいたココナッツに入れた生餌を不定期に与えると、活動性が上昇した。

引用元:  wikipedia – 環境エンリッチメント

いつも決まった時間にエサを与えている場合は、不定期に与えることを試みてはいかがでしょうか。

今まで置いたことのないオブジェクトを置いてみる

ゴム製のボールやチューブなど、普段置いていない物体を置くだけでも環境エンリッチメントに繋がることがあります。(Bashaw at el.(2016))

見たことのない物があると、「情報を集めようと探索するため」だと考えられます。急激な環境の変化は生体のストレスになる可能性がありますが、たまに小さい変化をつけることは、いい刺激になるのかもしれません。

 

飼育する上での手間と生体の快適さのバランス

生体を飼育する際我々飼育者は、より手間のかからない方、出費が少なくて済む手段を選びがちです。爬虫類飼育には一定のコストがかかるので仕方ないことかもしれません。

生体により快適な暮らしを提供するには、ある程度の手間とコストはかかるものです。多少の負担が増えたとしても、生き生きと暮らす彼らの姿は、飼育者にとって何よりの宝物のはずです。

もちろんコストとのバランスがあるので、時間やお財布と相談が必要ですが、可能な範囲で飼育環境の充実を検討したいですね。

 

まとめ

以上、動物の環境エンリッチメントについてご紹介しました。

飼育下の生体は飼育環境の不満を伝えることができません。話すことのできない彼らのために、本当にこれで十分なのか、常に自分自身に問い続けなければいけません。怪我も病気もしていない=快適に暮らしているとは限らないからです。

今回の記事が、飼育生体たちの環境改善に少しでも役立てば幸いです。

ライター:いちはら まきを
Twitter:@IchiharaMakiwo

 

おまけ コントラフリーローディング効果

「動物は労力がかかる方法を好んで採食する。」という現象をコントラフリーローディング効果と呼んでいます。

1963年に動物生理学者であるGlen Jensen氏が、200匹のラットに対して、

  •  餌入れに入れただけの餌
  •  ペダルを押さないと出てこない餌

の二つの方法で同時に餌を与えてみました。そうすると、ラットは「ペダルを押さないと出てこない餌」の方を好んで食べるということがわかりました。

その後、コントラフリーローディング効果はラット以外でも実験が行われ、ネズミや鳥、魚、猿やチンパンジーにも当てはまることが研究により認知されています。(ネコだけはこれに当てはまらず労力がかからない方を好むようです。)

爬虫類に関するコントラフリーローディング効果の研究は見つけられませんでしたが、もしかすると爬虫類にも当てはまるのかもしれません。